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神戸地方裁判所柏原支部 昭和48年(わ)4号 判決 1977年12月22日

主文

被告人田渕貞雄および同近藤茂をそれぞれ罰金二万円に処する。

右被告人両名が右罰金を完納することができないときは、いずれも金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

右被告人両名に対し、公職選挙法二五二条一項所定の五年間選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

右被告人両名に対する本件公訴事実中、公職選挙法二二一条一項四号の受供与の点については、被告人両名は無罪。

被告人吉竹春男、同三原浩二、同井元實はいずれも無罪。

理由

第一、被告人田渕貞雄、同近藤茂に対する公訴事実中、有罪部分について

(罪となるべき事実)

一、被告人田渕貞雄は、昭和四七年一二月一〇日施行の衆議院議員総選挙に際し、兵庫県第五区から立候補した伊賀定盛の選挙運動者であるが、吉見誠一と共謀のうえ、同年一二月四日ころ、兵庫県氷上郡市島町市島三九一番地の一九市島郵便局前路上において、同郵便局員吉積司郎を介して同局員葛野昌に対し、多数人に配布させる目的で、「総選挙勝利市島地区決起大集会開催について」という表題を付し、その文中に、「一人十票をかくとくに全力を上げよう、あなたの友人、知人にいがを」と記載した選挙運動文書(昭和四八年押第二号の26―九枚と同一内容のもの)一〇枚を配布したほか、同年同月五日ころ、同県同郡同町中竹田二一三八番地の一中竹田郵便局から、別紙(一)記載の四名に対し、右と同一の選挙運動文書四枚を郵送して配布し、もって法定外選挙運動文書を頒布し、

二、被告人近藤茂は、同じく伊賀定盛の選挙運動者であるが、井上義昭と共謀のうえ、同年同月五日ころ、同県同郡氷上町成松一五八番地成松郵便局から、別紙(二)記載の二九名に対し「いが選対ニユースNo.2」と表題を付し、その文中に伊賀候補の氏名および同候補への投票依頼を記載した選挙運動文書(昭和四八年押第二号の2、3、4、7、12、16、18、20、22―各一枚と同一内容のもの)二九枚を郵送して配布し、もって法定外選挙運動文書を頒布し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人田渕貞雄および同近藤茂の判示各所為は、いずれも行為時においては刑法六〇条、昭和五〇年法律六三号公職選挙法の一部を改正する法律による改正前の公職選挙法二四三条三号、一四二条に、裁判時においては刑法六〇条改正後の公職選挙法二四三条三号、一四二条に該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑期中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内において右被告人両名を罰金二万円に処し、刑法一八条を適用して右被告人両名が、右罰金を完納することができないときはいずれも金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、情状により公職選挙法二五二条四項により右被告人両名に対し、五年間選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用せず、訴訟費用(証人吉見誠一に対する部分)は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人田渕に負担させないこととする。

第二、本件公訴事実中、無罪部分(公訴事実第一の一ないし四、第二、第三の一、第四、第五の一の各事実)について

一、本件公訴事実中、無罪部分の訴因の要旨は次のとおりである。

被告人らは、いずれも昭和四七年一二月一〇日施行の衆議院議員総選挙に際し、兵庫県第五区から立候補した伊賀定盛の選挙運動者であるが、

(一)  被告人吉竹春男は、同候補者に当選を得させる目的をもって、

1 同年一一月二六日、兵庫県氷上郡春日町黒井二五五五番地の被告人三原浩二方において、同人に対し伊賀候補のための投票とりまとめ方選挙運動を依頼し、その報酬などとして現金一万円を供与し、

2 同日、同県同郡市島町三五八番地の八市島町市島地区公民館において、被告人田渕貞雄に対し、右と同趣旨のもとに現金一万円を供与し、

3 同年同月二九日、同県同郡山南町村森一四〇番地村上旭方において、被告人井元實に対し、右と同趣旨のもとに現金一万円を供与し、

4 同日、同県同郡氷上町成松一五一番地の被告人近藤茂方において、同人に対し、右と同趣旨のもとに現金一万円を供与し、

(二)  被告人三原浩二は右(一)1記載の日時場所において、右吉竹から同項記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金一万円の供与を受け、

(三)  被告人田渕貞雄は右(一)2記載の日時場所において、右吉竹から同項記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金一万円の供与を受け、

(四)  被告人井元實は右(一)3記載の日時場所において、右吉竹から同項記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金一万円の供与を受け、

(五)  被告人近藤茂は右(一)4記載の日時場所において、右吉竹から同項記載の趣旨で供与されるものであることを知りながら、現金一万円の供与を受け

たものである。

二、被告人らの地位および本件金員の交付に至る経緯

《証拠省略》を総合すると、被告人らの地位および本件金員交付に至る経緯は次のとおりであることが認められる。

(一)  被告人らはいずれも古くからの日本社会党員(被告人吉竹は昭和三四年ころ、同三原は同四一年ころ、同田渕は同四一年ころ、同井元は同四二年ころ、同近藤は同三七年ころに日本社会党にそれぞれ入党)であるところ、日本社会党は東京に中央本部、各都道府県に都道府県本部があり被告人らの属する氷上総支部は右県本部に次ぐ下級機関で氷上郡居住の社会党員で構成され、当時党員数は二〇名であった。右総支部の下に、同郡内の各町を中心に、柏原、山南支部(柏原町、山南町)、山西支部(氷上町、青垣町)、春日支部(春日町)市島支部(市島町)の四支部がおかれていた。そして、被告人らは従前から、総支部の役職についていたが、本件当時、被告人吉竹は総支部書記長、同三原は総支部執行委員および春日支部支部長、同田渕も総支部執行委員および市島支部支部長、同近藤も総支部執行委員および山西支部支部長、同井元は柏原、山南支部の山南町班の会計担当であって、右井元を除き、金員の交付を受けた被告人らは各支部の責任者であった。また、被告人らはいずれも、本件以前にも各種選挙で選挙運動をした経験を有するのみならず、被告人三原は社会党公認春日町町会議員、同田渕は社会党公認市島町町会議員の公職にあったほか、同近藤も氷上町町会議員選挙に何回か社会党公認候補として立候補したことがあるなど、被告人らは日本社会党にあって、単に党員であるにとどまらず、その機関においても重要な地位を占めていた。

(二)  氷上総支部は昭和四七年九月二日、党員集会を開催し、その席で近く予想される総選挙にむけて氷上総支部選挙対策本部を設け、委員長に、社会党公認県会議員でもあった総支部長村上旭、副委員長に被告人吉竹、委員には総支部執行委員がそれぞれ就くことになり、被告人井元を除く他の被告人全員が右選挙対策本部の役員となったが、本件総選挙からは、選挙運動の方式として従来のいわゆる縦割方式から各町単位で選挙運動を行う横割方式をとることになったため、右対策本部のもとに、各町に選挙対策本部(以下、選対という)が設けられた。そして、被告人三原は春日町、同田渕は市島町、近藤は氷上町の各選対の責任者となることも当日決められた。

(三)  ところで、右党員集会の席上、右総選挙対策本部の活動費について議論されたが、それ以前に、通常党費から党の選挙活動費用が支出されたことはなく、選挙活動費用はもっぱらカンパ等の臨時党費でまかなわれてきた経緯もあったので、総支部長村上旭の提案で、党員のカンパで活動することが決められた。そして、村上は当日、五万円をカンパとして拠出したが、右金員は通常党費ではないので、別途特別会計とされ、総支部総選挙対策本部が党の選挙活動資金に充てるため、右対策本部事務局次長で、会計担当とされた松尾誠一が保管することになった。右松尾は右金員を党の資金として、自己の資金とは別途に保管していたが被告人吉竹から総選挙活動資金に使う旨の要請を受けて、同年一一月ころに二回に分けて被告人吉竹に渡され、更に後記のとおり、同吉竹から他の被告人に交付された。

(四)  しかして、総選挙は昭和四七年一一月二〇日告示され(以下本件選挙という)、選挙運動が開始されたが、社会党氷上総支部においては、本件選挙からは、前記のとおり横割方式の選挙運動を行なうことになったため、活動の中心も従前の総支部中心から各支部、町へとうつった。そこで各支部、町においては、党の選挙運動としての政策ポスターの貼布、政策ビラの配布、選対会議の開催等を行なうとともに、候補者ポスターの貼布、個人演説会の開催等を企画することが必要となってきた。

(五)  ところで、本件選挙にあたり、党の上級機関からも候補者の事務所からも、一切活動資金が総支部へ交付されなかったが、各支部、町においては、前述のような選挙運動を実施する必要があり、これに伴って、当然に選挙運動費用としての出費が予定されるところから、被告人吉竹は総支部長村上とも協議のうえ、前記の特別のカンパ金から、金員を各支部、町へ選挙運動資金実費弁償およびその前渡し分として交付することになった。従来、選挙においては、各支部、町にまで選挙運動資金が交付されたことはなかったが、これは、従前は選挙運動はほとんど総支部が行ない、支部、町が選挙運動実費を支出することはほとんどなく、支出したとしても僅少であったため、支部、町の自己負担としていたにすぎなかった。ところが、本件選挙からは、選挙運動方式が前記の方式となったため、各支部、町が中心となって、各地域の選挙活動を企画、立案、実施することになり、総支部は、単に各支部、町の活動の連絡、調整をするにすぎなくなり、それまで総支部が行っていたことを各支部、町が肩代りし各支部、町において実際に選挙活動費用が支出され、その額は従前のように自己負担でまかないきれるものではないことが明らかであったため、各支部、町へ活動費用の実費弁償およびその前渡しとして各一万円が同年一一月二六日から二九日にかけて、春日支部、市島支部、山西支部、山南町班へ交付された。なお、青垣町は、本件選挙と町長選挙の運動期間が重なるため、積極的に本件選挙のための活動はできないことが予想されたため、交付されず、また柏原町は被告人吉竹が所属するところ、前記五万円のうち、他の被告人に交付した残りの一万円を保管し、その中から支出することになっていたため、交付されなかった。

三、各金員交付の具体的状況

前掲各証拠によれば、被告人吉竹が、他の被告人に金員を交付した状況は次のとおりであることが認められる。

(一)  被告人吉竹は、同年一一月二六日夕方、総支部長村上とともに市島町公民館での選対会議出席の途次、被告人三原方に立寄り、同人に対して、「伊賀の選挙は俺一人ででけんので各町の責任でやってもらいたい、春日町の分責任もってくれよ。この範囲でやってくれ、後は出んぞ」と述べて一万円を渡し、これに対して被告人三原は個人演説会の会場費、通信費、政策ビラの配布費用等、選挙運動実費の弁償もしくはその前渡しとして右一万円を受領した。

(二)  次いで吉竹は、前同日、市島町公民館で開催された市島支部選対会議に出席し、その席上、市島支部書記長吉見誠一に「これとっておいてくれ」と一万円を渡したところ、同人は、総支部から本件選挙の実費が交付されると聞いていたこともあって、右一万円はその実費として渡されたものと考え、同席していた被告人田渕に「選挙費用の金もろたから渡す」と述べて、右一万円を渡したので、被告人田渕はこれを市島支部の選挙運動費用に充てるものとして受取った。

(三)  被告人吉竹は、同年一一月二九日柏原山南支部の山南町の選対会議が村上旭宅で開催されたのに出席したが、その席上、被告人吉竹が「それで山南町の必要経費にしてくれ」と述べて一万円を差出したところ、山南町の責任者である藤本豊がこれを受取らなかったので、同町の会計担当者であった被告人井元が「わしが預かる」と述べ、選挙運動の費用として受取って保管することになった。

(四)  更に、被告人吉竹は前同日、村上方での選対会議からの帰途、午後一一時ころ被告人近藤宅に赴いて、近藤に対して、「画鋲代として使ってくれ。」「氷上町の分やから取っといてくれ。あとであれもこれもと言われてももう出んぞ」などと述べて一万円を渡したので、被告人近藤は、これを「骨折り賃は全然含まれていない」、単なる選挙運動実費の弁償およびその前渡し分と考えて受取った。

四、各金員の使途

《証拠省略》を総合すると、前記各金員の使途は次のとおりであることが認められる。

(一)  被告人三原は、前記の一万円から、

(1) 福祉センター会場費(選対会議二回分)      二、一〇〇円

(2) 棚原公民館会場費(個人演説会)

一、五〇〇円

(3) 選対会議案内状発送費

三、〇〇〇円

(4) 政策ビラ新聞折込代

一、三五三円

(5) 押ピン、糊代(ポスター貼布用)

六〇〇円

(6) ガソリン代(ポスター貼り、機関紙宣伝)     二、二二〇円

計 一〇、七七三円

を支出した。

(二)  被告人田渕は、前記一万円から

(1) ガソリン代(ポスター貼り)

五〇〇円

(2) 押しピン代(ポスター貼り)

六〇〇円

(3) ガソリン代(候補者の送り届け)

八二〇円

(4) 選対会議通信費  七、七八〇円

(5) 選対会議会場費(二回分)

一、三〇〇円

(6) 政策ビラ新聞折込代

二、〇〇〇円

計 一三、〇〇〇円

を支出した。

(三)  被告人近藤は、前記一万円から

(1) 個人演説会会場費 二、〇〇〇円

(2) 選対会場費    一、〇〇〇円

(3) ピン、糊代(ポスター貼り)

一、〇〇〇円

(4) 更紙、封筒代     八〇〇円

(5) 切手代      四、〇〇〇円

(6) 別納郵便代    三、七二〇円

計一二、五二〇円

を支出した。

(四)  ところで、被告人井元は、前記一万円を保管することにはなったものの、右一万円は社会党山南町班の資金であり、自分勝手に処分できないものと考え、受領した一万円を自己の財布の中に保管していたところ逮捕されたため、何ら支出されないままであった。

五、本件供与、受供与罪の成否

(一)  供与罪における「供与」とは、相手の所有に帰せしめる意思で金品等の財産上の利益を授与することであり、かつ、それは相手の行為に対する報酬的な意味を持つものでなくてはならないと解され、従って、相手に何らの実質的な利益をとどめない、選挙運動に要する費用的な性質のものを授与することは、供与罪を構成しないと解すべきである。そして、供与罪の立法趣旨に鑑みると、その者の利得ということが全く予想されない選挙運動の費用の授受は、他の罪に該当するは格別、供与罪として処罰することはできないものと考える。

(二)  そこでこれを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、本件金員は氷上総支部書記長から各支部、町の責任者へ交付されていて、各個人に渡されたものではないこと、金員を受領した被告人らは支部長クラスの幹部党員であり、金銭の授受とは無関係に活動している人々であるし、金銭授受の際にも、被告人吉竹から、明示あるいは暗黙のうちに実費弁償であることを示されていること、従って、その授受の方法についても選対の席上で行うなど特に他の人にはばかることなく授受されていること、金員を受領した被告人らは右金員を選挙運動実費にのみ支出し、日当名義の支出、飲食物の提供等は一切されていないこと、一万円を交付する際、同時期に町長選挙が予定されていて本件選挙についての費用の支出がほとんど予想されなかった青垣町には交付されていないことが認められ、これらを総合勘案すると、本件金銭の授受は、選挙運動の実費弁償もしくはその前渡し分としてなされているため、受供与者に対して実質的な利益は何らとどめていないというべきである。

(三)  しかして、一般に、金銭の授受が費用としてなされたと積極的に認定し得る状況としては(1)金銭の使途の指示ないし確認、(2)精算の指示、(3)証拠書類の保存の指示が行なわれたことを要するとされているところ、前記認定の事実によれば、被告人吉竹から他の被告人らに対して本件金員交付の際、特に詳細な使途の指示がなされたわけではなく、大まかに、「選挙の必要経費にしてくれ」とか、「画鋲代として使ってくれ」などと述べて渡されたにすぎないことが認められ、また精算の指示や証拠書類の保存の指示も特に行なわれた形跡はない。

しかしながら、本件各被告人は全員社会党員であって本件選挙に向けての党員大会、各支部、町単位での選対会議などを重ねていて、運動の方法等については相当程度共通の認識に達していたものであり、また、いずれも選挙運動の経験が豊かでもあったから、特に詳細な指示までなされなくとも前記の程度の指示で受供与者には、その意味の認識は十分になし得た筈であり、現に費用として全く支出せず、受領した一万円札そのものを逮捕時にも所持していた被告人井元を除いては、一万円を受領した被告人はいずれも本件一万円を費用としてのみ支出しているのである。また、精算の指示についても、一万円程度の金員ではむしろ足りないと考えられるところから「あとは出んぞ」とか「この範囲で……」という指示になったと考えるべきである。更に証拠書類の保存の指示についても従来の被告人らの選挙運動の経験からして、あえて指示の必要性を認めなかったものというべきである。

(四)  以上、検討して来たように、本件金員は被告人井元の分を除いては、いずれも選挙費用の実費として支出されたものであり、その中にはいささかの報酬性も認められないので、被告人吉竹については供与罪、他の被告人らについては受供与罪は成立しない。

もっとも、金員の一部は有罪と認定した文書頒布のために費消されていて、この部分については、いわば違法な選挙運動のための費用というべきであるが、実質的には被告人らに何らの利得も残していないので、やはり報酬性を欠くものとして供与罪は成立しないと考える。

従って、被告人吉竹から他の被告人らに対して、本件各金員を選挙運動に対する報酬として供与したことにつき証明がないことに帰し、これらの点について、被告人らはいずれも無罪である。

六、よって、本件公訴事実中、被告人吉竹について供与罪、他の被告人らについて受供与罪につき、刑事訴訟法三三六条により、無罪の言渡をする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 佐野久美子)

<以下省略>

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